Little Happy
先の見えない将来におののきながらフリーターお父ちゃんしてます。
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あみぼう

Author:あみぼう
わしはあみぼう34才、日本のお父さんの端くれです。
我が家のトトロの親子たち
妻:あっぴっぴっ(おたまとしゃもじと割烹着がよく似合う)
長女:水希(読書と水泳が好きな四年生)
次女:真弓(紫色の一年生)



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1999年一月
太宰治への傾倒が高じて、真冬に大阪から青森へ旅立った。
青森初デビューでのヘマを教訓に、厚着し宿もリザーブ。

寝台特急日本海ではしゃぎすぎ、ろくに寝ないまま秋田からはリゾートしらかみへ。
ここで再び冬の青森の厳しさを思い知る。

駅名は失念したが、波打ち際の小さな駅で列車が立ち往生。
原因は、時化により高波が線路に押し寄せたから。

今で言う『秘境駅』のような駅での立ち往生。
駅の周囲には何もない。
そもそも外は徘徊する気も失せるような猛吹雪。
乗客たちは狭い列車の中で、いつ果てることなき待機を余儀なくされた。

無目的に閉塞な場所に座り続けるのはとても苦痛。
周りの人たちも辟易としていだけど、若かれし頃のあみぼうは違った。

わざわざ高いお金を払ってこんな遠くまで来て、そして珍しい列車にずっと乗っていられるなんてラッキーやんけ!?
高揚感が一層高まった記憶がある。
こんなポジティブシンキングが発揚されるのも若さのなせる技。

2~3時間監禁後、ようやく列車は動き出し五所川原駅に到着。
更に津軽鉄道に乗り継ぎ太宰治の故郷へたどり着いた。

すでに日は暮れており、ほとんど何もしないまま宿へチェックインした。
宿の人の津軽弁はほとんど聞き取れへんかった。

この頃からすでに自分には青森とはただならぬ縁があったようである。

翌日は秋田のさとみ温泉へ入り、新潟から急行きたぐにで帰阪した。
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